覚知の限界

Takami Torao #BoundedAwareness
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交渉や駆け引きにおける注意の狭窄と焦点化、またそれらによって引き起こされる合理性の欠ける判断は覚知の限界 (bounded awareness; Bazerman, Chugh, 2005) と呼ばれる。

一般的な意思決定では無関係な情報や不要な選択肢があったとしてもそれらを無視することができる。しかし、人はしばしば情報の多さに圧倒されてしまい、決定することから逃避し合理的な意思決定ができなくなることが起きる。

人間の覚知には限界があり、情報過多による問題の複雑化を回避するために普段から情報の選別を行っている。しかし、この情報選別は無意識の中で行われているため、情報の中に観測可能で有用なデータが存在していたとしても、その存在に気づいて注意を向けることができない場合がある。入手しやすく、覚知しやすい無関係な情報に目を奪われ、しばしば重要な情報を見落とす (Bazerman, Chugh, 2005)

覚知の限界に囚われていることを認識するための一つの方法は「なぜそうしてはいけないのか」または「そうしても良いのではないか」との問いかけを常に持つことである。ビジネスの場においては、もし資金の制約がなければどのような製品を作りたいかを想像することが勧められる (Nalebuff, Ayres, 2003)

非注意性盲目

人が何かに注意を向けているとき、別の注意すべきものが目に入っていたとしてもそれを認識するまでには至らない。

以下の動画は Simons & Chabris による選択的注意 (selective attension) に関する 1999 年の実験である。白い T シャツを着た人たちがバスケットボールのパスを何回を行うか数えてみよう。

正解は 15 回である。ところで、映像の最中にゴリラが横切ったことに気づいただろうか?

日常的に運転している人であれば、歩行者や併走する車を意識しすぎるあまり赤信号や対向車を見逃してヒヤリとした経験を持っているだろう。注意性盲目が事故を引き起こす原因となりうることは社会的にも広く認識されており、運転中の携帯電話やカーナビの操作、脇見運転などは道路交通法で禁止されている。

話の認識違いがあったとき、相手の思い違いを疑う前に、そのとき自分か相手が何か別のことに注意を向けていたの可能性を考える必要があるだろう。このような、会社の不祥事を災害時に公表したり、紛糾する国会の陰で小さな法案を通すなど、意図的に焦点事象を発生させることで他の情報に注意を向けさせないような手法となりうる。

変化盲

人はゆっくりと起こる変化の認識が苦手である (Simons, Rensink; 2005)。しかし、無意識の領域では変化の前後でのイメージが存在していることが確認されている (Mitroff, Simons, Franconeri; 2002)

変化盲はしばしば緩やかに進行する事態への判断を鈍らせる。

あなたは投資家でベンチャー企業に投資しようとしている。事業に関する資料はよくできており、市場規模も経営戦略も問題はなかったため投資に至った。1 年目で獲得できた顧客数は予想通りに伸びていた。利益の予想に関して 2-3 の拡大解釈と感じる部分が見られたが特に問題となるものではなかった。2 年目、メディア露出も増え知名度は上がった。しかし顧客数と利益の点で当初の予想との食い違いが出てきた。またそれに対する回答も楽観的で拡大解釈と感じる点があった。3 年目になると多くの点で予想から外れ、海外企業の本格参入など当初予想していなかった問題が起きていた。そのうちいくつかは事業の黒字化が見込めない理由となり得るものだった。それらの対策の多くは拡大解釈によって説明されていた。

あなたが資金の引き上げを表明するのはどのタイミングだろうか。投資のような複雑な判断が必要な状況では茹でガエルに陥りやすく、どこで状況を逸脱するかを決定する事が難しくなる。人は一度に大きく倫理性・合理性を踏み外すより、いくつかの小さな段階を経て逸脱する方が逸脱を受け入れてしまいやすいことが倫理的意思決定の研究で確認されている (Gino, Bazerman, 2006)

災害や遭難時の正常性バイアスでは緩やかな状況の悪化を「まだ大丈夫」と過小評価しているうちに救助が手遅れなほどの被災や遭難を引き起こす事がある。例えばあなたが友人とバーベキュー場へ出かけたとき、川の中州で火を焚き付けながらラジオで天候が崩れると知り、肉を焼き始める頃にぱらぱらと降り始め、川が濁り、大雨になり、増水し、濁流に取り囲まれるまで、どのタイミングで避難すべきだろうか。同様の心理バイアスは山岳遭難時や豪雨災害、津波避難でも起きることが分かってる。

焦点化の錯覚

人は特定の出来事に過度に注意を向ける一方で、それと同時に起きうる別の事象に対しては注意を払わない傾向がある。この過大評価された事象を焦点事象 (focal event) と呼ぶ。結果として、自分の未来において焦点事象が影響する割合を過大評価し、感情的な反応に費やす時間が長引く (Gilbert, Wilson 2000; Wilson, Wheatley, Meyers, Gilbert, Axsom 2002)

例えば支持政党が選挙で負けたときや、支持できない法案が通過したとき、熱心な支持者はその悲観的影響を長期的な国家存続論といった拡大解釈に結びつけがちである。「愚かな権力者を選んだ国民、日本は終わりだ」といった極端な論が出るのは焦点事象によるものである。

より身近なところでは、特定のスポーツチームに固執することでそのチームの勝敗が日常生活での肯定的また否定的な心理に及ぼす影響も大きくなる。結果として、政治問題を抱えた国の輸入品や対戦チームのスポンサー製品の不買など、焦点化の結果は購買行動にまで影響を及ぼすことがある。

人が判断するとき情報の中でも思い出しやすく心当たりのある一部しか使用していない (利用可能ヒューリスティック)。その不完全な情報を重く見すぎる一方で、注意の向いていない情報は軽く見すぎる傾向がある (Schkade, kahneman, 1998)

A と B のどちらが良さそうかを考えるとき、まず当人の持つ先入観が「明白な理由」として浮上し、現実的な指標に基づくその他の要因は焦点から外れてしまう。これは特に意思決定者が A または B のどちらかのみと関わりを持っているときに顕著である。関わりのあるチームが勝つ理由は思いつくのに、残りのチームが勝つことを指示するデータは焦点から外れてしまう。

チャレンジャー号爆発事故は燃焼ガスをシールする O リングが低温によって機能しなくなったことが原因だった。低温が O リングにもたらす懸念は発射前に指摘されていたが、O リングに不具合のあった過去の気温データと不具合との明確な関係は見られなかった。しかし、O リングの不具合が起きなかった打ち上げのデータを併せた調査では O リングの不具合と気温とに明確な相関が示された。

人や集団の多くは意思決定においてすでに手の内にあるデータのみを分析対象とし、与えられた問題の答えを導くためにどのようなデータを使うのがベストかを検討しない。これには適合ヒューリスティックが大きく関与している。

集団における覚知の限界

個人の覚知が当人の心の中で検討した情報に限定される一方で、集団の覚知はその集団の議論に供された情報に限定される。組織を形成する理由の一つは、違う部門からの情報を提供し合うことにある。個人よりも集団全体の方が多くの情報を持っていることから有利である (Mannix, Neale, 2005)

集団は内部で共有されていないユニークな情報よりも、内部で共有された情報に焦点を置きがちである (Stasser, 1988, Stasser, Stewart, 1992, Stasser, Titus, 1985)。個人が所有するユニークな情報を集団で共有することは、集団の可能性を高める重要な泉源となる。

集団においては最良な選択よりも広く認知されている覚知が選択される。また集団では共有されていない情報よりも共有されている情報を論議するのに時間を費やしがちである。これは自転車置き場の色に通じる。情報を供給することを目的に集団が形成されるにもかかわらず、最初から共有している知識についての論議に始終してしまう。結果として、共有されていないユニークな情報については集団の覚知に限界がある。

集団の合意形成ではこの覚知の限界により事前の根回しが非常に有効である。しかし、合理的な意思決定を行う上では事前の知識共有の有無によって結論が変わるべきではない。

集団の覚知の限界を克服するには、一部のメンバーだけが持っている有用な情報を集団全体で共有することを後押しする施策を行う必要がある。論議に参加しているメンバーそれぞれが価値のあるユニークな知識を持ち合わせていることを、すべてのメンバーで再認識することは集団における覚知の限界を抑制する良い方法の一つである。

方策の策定における覚知の限界

人はゲームを合理的に考えることができない。人間には多参加者最後通告ゲームやモンティホール問題、囚人のジレンマで起きるような認知エラーが存在し、それを原因に参加者が間違った意思決定を行う。意思決定者の認知エラーはゲームのルールや交渉相手の思考を無視したり合理性に欠けた単純化を引き起こす。加えて、何度か同じゲームをする機会を与えられたとしても自発的に覚知し改善することはなく、同じ方針に従うことが分かっている。

大抵の人はその認知エラーを理解する能力を持ち合わせているが、外からの助けがなければ正解にたどり着くことができない。自分の認知によって系統的にその情報を閉め出してしまう。

ゲームの参加者が面と向かって話し合えば、大抵は双方に利益のある取引が成立することが分かっている。つまり「当事者間の信頼の形成」という社会的な相互作用によって認知エラーによる非合理性を克服する事ができる。

参照集団の無視 (reference group neglect): 人は競争相手の能力について鈍感である。経営者の注意は競争相手よりも自分の強みや弱みに向けられている (自己焦点化)。これにより経営者は、分かりやすく競合が多い競争には安易に参入し、分かりにくく競争がほとんどない競争へはなかなか参入しない (Moore, Oesch, Zietsman, 2007)

多参加者最後通告ゲーム

複数人の間で規定の金額を配分するゲーム。例えば 30 万円を A から F の 6 人で分配するケースについて考えよう。まず A は自分の取り分を決めて紙に書く。言い換えると、その残金を 5 人で割った金額が B から F の取り分である。次に B から F は自分が受け入れられる最低額を決めて紙に書く。このとき「A の提案が B から F の最低額を下回っていれば全員の取り分はゼロとなる」という条件を設ける。

このとき A 以外の参加者に考えられる判断は以下の 2 通りである:

  1. 何ももらえないよりは 1 円でも獲得した方がましであるため 1 円を提示する。
  2. 「公平な」配分を求めて金額を参加者で割った 5 万円を提示する。

経済学に基づいて判断すれば、全ての参加者に何も配分されないよりも 1 円でも配分を受ければ全員の利益となることから、A は他の参加者に 1円を提示し B から F はそれを受け入れるべきと考えるのが正しい。しかし、人は公平を実現したいという欲求があるため、公平な配分額に設定したアンカーから駆け引きが行われる。

人は選言事象 (独立して起こる事象) を過小評価し、連言事象 (従属して起こる事象) を過大評価する。多参加者最後通告ゲームに当てはめると、参加者 A は B から F の少なくとも 1 人が 1. を提示する可能性を低く見積もり、5 人全員が 2. を提示する可能性を高く見積もる。従って、B から F が実際に提示する額と比較して、A は公平な分配を提示する傾向にある。

条件を「A の提案が B から F のいずれか一つを下回っていれば全員の取り分はゼロ」と置き換えるとさらに顕著となり A の取り分は少なくなる。

囚人のジレンマ

囚人のジレンマ: 当事者が互いに協力し合えば裏切り合うよりも全体に大きな利益が得られる。しかし、相手がどのような選択をしても、当人にとっては裏切った方が得となる。

囚人のジレンマ問題は軍拡競争や企業間の提携失敗、森林伐採、漁業乱獲がなぜ起きるかのモデルとなる。経営においては類似商品を扱っている企業は高い価格を設定すれば互いの利益になる。しかし市場独占率を高めようとすれば、競合がどうあれ低価格で売る方が好ましい。

オークション

生産コストから価格が決定する量産品とは異なり、企業や人材、不動産、骨董品など、唯一無二の商品はどれだけの価値があるか/価値を出せるかが極めて不透明であり入札者全員が商品の真の価値を分かっていない。

入札に勝った人はしばしば本当に入札額に見合う価値が商品にあったのかと不安になる勝者の呪い (winner's curse)にかかる (Bazerman, Samuelson, 1983)。勝者の呪いは通常、買い手が売り手の観点を考慮し損なったときに起きる。オークションの場合は他の入札者よりも高い価格を設定した合理的な理由を十分に検討していなかったことによる。

auction
Fig.1 参加者の評価価格と入札価格

オークション参加者が判断した評価額の分布の平均値を仮に「真の価値」とする。入札者は利益分を考慮し自分の考える評価額より少し低い額を提示するため、入札価格の分布は評価価格の分布より低い価格に位置する。しかし、落札できるのは入札額分布の右端の価格あり、ほぼ全ての場合で真の価値を上回っている可能性が高い。このため、落札者が他の入札者より有利な情報を持っていると確信するに足る理由が無い限り勝者の呪いにかかってしまう。

入札者が自分の入札価格で落札できる確信があるならば、他の入札者に比べてその商品の価値を過大評価していること意味している。商品の価値が極めて不確かなら、それに応じて自分の評価を引き下げることで高すぎる入札額を設定することを回避できるだろう。しかし多くの人は不確実性を評価に考慮せず、むしろ確証バイアスによって入札者の多さといったような真の価値とは関係の無い情報を用いて自分の高い評価に自信を深めてしまう。

企業買収においては買収価格が被買収企業価値を超えることが多い。失敗だった事が明らかとなるケースは全体の 1/3 に上るし、他の 1/3 は予想していた利益を買収後に上げられていない。買収によって得られる財務上の相乗効果は、大抵、買い手側ではなく被買収企業側に現れる。

参照

  1. マックスベイザーマン, ドンムーア (2011), 行動意思決定論―バイアスの罠, 白桃書房
  2. the invisible gorilla
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